お気に入りメルマガ

メルマガが好きで結構取っています。サービス利用による半強制も含めると二十数誌くらいでしょうか。メルマガも意外と当たりは少ないものです。取っている中でもとりあえず惰性で取っているというのもあります。休日の暇つぶしというやつですね。面白いなぁと思ったらこなくなったというのも多いです。

 面白いメルマガないですかねえ。教えてください。

はるに教えてあげる

 

 とりあえずお気に入りメルマガをいくつか書きます。

 

 実はこれ、「かおるのいる場所」に影響されて書きました。

 

日刊 毒舌 ニュウス by KuR0NeK0 (melmaでとっています)

  一番長く取っているメルマガです。日々のニュースを毒舌で紹介。事件によってコメントが鬼畜だったり、天使だったりします。(笑)

 ホームページにおまけのコラムのコーナーがあるのですが、こちらは優しい人です。メインの毒舌ニュースを読んでから読むとさらにギャップが。人間って様々な面をもっているんですね。

 

 石黒謙一の元気塾!  melmaでとっています)
 ビジネス、特にサービス業の心がけを書いています。ビジネス系は文章がうまいものが多いのですが、これは特にうまいなぁと思います。具体的なエピソードから導かれる展開は「面白いもん読ませていただきました」と満足感があります。唯一の難点は月二回しか発行されないところでしょうか。

 

ネット被害対策室 (まぐまぐでとっています)

 ホームページに寄せられたネット被害に関する相談とその答えの一部を紹介しています。ちょい堅い内容が多いのですが、インターネットをやるなら知っておきたい内容が多いです。パソコンマメ知識としても使える情報が結構あります

 

恋愛心理学(まぐまぐでとっています)

 心理学のメルマガも結構とっているのですが、読み応えが群を抜いています。真面目な内容と展開ですが、恋愛というテーマなので興味をもって読めるのではないでしょうか。ちなみに私は恋愛と聞くと「よしとくれよ」と笑いたくなるのですが、これはすんなり読めます。

 

主婦かおるの熱き日常~楽しいことを見つけたい~(メルマガ天国でとっています)

  ネタ自体はごく普通の日常生活によくありそうだなと思うのですが、不思議と惹き込まれます。楽しいメールの書き方のテキストになりそうです。個人的には織田裕二ファンというところもポイント高いですね。一緒に妄想、楽しませていただいています。

いいホームページ(「かおるのいる場所」)みつけたなぁと思っていたらメルマガの再録が元とあったので購読しました。

 

メルマガ発行者は語る(まぐまぐでとっています)

 上記の主婦かおるさんのメルマガ。ホームページのメルマガ考をリフォームして発行。(これが毎日増えていて凄い) いろいろ苦労があるらしいけど、前向きな姿勢がいい感じです。ネットサーフィンが面倒という方はメルマガでどうぞ。私は保存用にとっています。実はこのかおるさん、3誌も出しております。よく疲れないなぁ。

 

闘うOL!給湯室24時(まぐまぐでとっています)

 ウリクリ―まぐまぐの紹介文に惹かれて当たりでした。気合が入った紹介文は本編の見本のようなものという持論を実証してくれた感じです。タイトルほど過激ではありません。OLの日頃の疑問や相談事ということなのですが、話題の目の付け所がいいです。しかも読んでいて引き込まれる展開とオチ。働く女性ならしみじみすることでしょう。

 

おんなたちの『もうやだぁー』(まぐまぐでとっています)

ウリクリ―まぐまぐの紹介文に惹かれて当たりでした。様々な女性の愚痴。身近なカンジでよくありそうだよねぇ・・と頷きながら楽しめ、すっきりできます。掲示板があるらしいので覗いてみようかなと思いながらまだ行っておりません。

心の棚

 このホームページはメル友受け(特に男性)がめちゃくちゃ悪いです。

 

ホームページオーナーさんへのリンク連絡については誠意あるメールをいただけることが多いです。ネチケット・自己防衛系のホームページのオーナーさんが多いせいでしょう。

 

でも、普通の方に紹介するとたいてい途絶えます。ネチケット系は嫌われるの王道を極めてしまいました。愚痴をコラムに盛り込むところにも問題があるんですが。でも、メールやっていて感じることを書くとどうしてもねぇ。

 確かに嫌なホームページです。でも、ここまではっきり書くなんて、嘘がつけない正直者でかわいいと思いません? ・・思わないですね。

 

やはりメル友さん向けには趣味のサイトをつくるべきでしょうか。

でも、ホームページつくるほどのネタがあると言ったらマンガとかアニメとか小説なんですよね。あんまし一般受けよくなさそうな気がします。

本気で極めればそれはそれで交流のネタになるのですが、そうするには内容が薄いような気もします。私が語るよりももっといいサイトがあるで終わってしまいます。

 

このホームページのコラムも投稿でホームページアドレスがつかえるなら「ネット生活に役立つサイト」と書いてサイト名とアドレスを列記しておしまいだったと思います。誰かネチケットについて語ってくれ~と叫んでいたので語ってみたのが始まりです。当時、メルマガの発行ペースが落ちて、停止になりそうな雰囲気だったのでこれはつまらないなぁと思いまして。

でも、ただネチケットを語っても面白くないだろう。というわけでサイト奮闘記によく出ていたネットナンパについて語りました。

 

ただ、個人的にはすぐに会おうというような安直な連中をネットナンパ師と呼んでほしくないです。名高いネットナンパ師の方々のサイトに行くと形を変えたネチケットサイトなのではないかと思うくらいの気配りと努力をされています。

読み終わった時、興味本位で見に行った自分が恥ずかしくなりました。 まあ、興味本位で見に行く方々がほとんどだと思うのですが。好奇心で人を惹きつけ、実践的な分、結果的にネチケットサイトとしての役割を大きく果たしているような気がします。

動機が何であれ何かを極めようとする方々には通じるものがあるようです。

(先駆者と呼ばれる伝説のネットナンパ師JJ氏のサイトがあちこちの検索・リンクをたどってもたどり着けないのが悔しいです。もう引退されてしまったのでしょうか)

私が書くコラムはネットナンパ師サイトの影響を大きく受けています。裏タイトル「打算でネチケット」というやつです。

 

逆にネチケット・自己防衛系の方々がネットナンパに乗り出したら伝説のネットナンパ師になりそうだなという気がします。(やらないと思いますが)

私も性別を明かさないと女性に口説かれることがあります。ちなみにプロフィールに性別を登録するところで「女性だったんですね」と言ってくるのはまず女性です。

 

けっして楽しい人ではありません。顔文字つかっても硬いと言われ、こういうサイトをつくるくらいだから説教臭くて、何だか偉そうで、荒らし体質と言われます。

 思い当たるとすれば、友好的な態度を示したときにも下心がない(あるわけがない)という点でないでしょうか。

 逆にこれさえ出来ればかなり勝負ができるということです。単なるトモダチになってはいけないと説くネットナンパ師も最初は親しみをもってもらうことを説いています。

 

 多分、熱心なネットナンパ師の方々はネチケット・自己防衛系サイトもよく勉強して、日々精進されていることと思います。けっして嫌がらせメールなどを送らずに。(笑) 私のコラムもちょっとは恩返しになっているといいのですが。

 

両方やっている出会い系サイトも知っています。

 ここではリンクしていないのですが、DMを出すところなのでご存知の方も多いかもしれません。DMが一見何気ないようで様々なニーズを刺激する見事なものだったので見に行ったら「当たり」と思いました。一分野で優れている方は何かが違うというところでしょうか。(嫌われがちなDMも使い道によってはネット生活の幅を広げてくれます)

ただ、私は登録する気にはなれませんでした。好奇心は強いけど、小心者なので。女性も安心を売りにするなら、一切リンクを張らずに完全な別サイトにしたほうがいいような気がします。

さらに裏をかいて、ネットナンパ師に是非お目にかかりたい方々との交流サイトという気もしますけどね。好奇心旺盛な方々もネットナンパを前面に出したサイトに登録するのはキツイものがあるでしょうし。考え出すとキリがありません。(深読みしすぎ? 元小説書き志望のサガというやつですね)

 

 ちなみに私は目的別にハンドルネームを使い分けています。「はる」はかつてメル友募集用だったのですが、ついつい荒らし体質出しまくりだったので、現在はホームページを元にした交流以外には使っていません。(もちろん長い付き合いのメル友さんは「はる」です)

 というわけで各メル友サイトの「はる」さんに抗議メールを送らないでくださいね。メールは自己紹介からどうぞ。ポピュラーなハンドルネームだけにちょっと心配で。

 汚いと思われそうですね。でも、こういう割り切りも時には必要なのではないでしょうか。しがらみに縛られない交流ができるのがネットの魅力ですし。

歩み寄る心 続き

 一人の人物の話から書きたいと思います。「努力する人々」でご紹介した「話をする可能性がある席には真面目な話とくだけた話の二つを用意している」とおっしゃった方です。

これがもっともインパクトがあったのですが、この方の言葉には名言が多いです。

 いわゆる人生論的な本を読むと出くわす言葉も多いのですが、普段を知っているだけに重みがあるというんでしょうか。

 

 ここでどういう方かがイメージできるようなエピソードをちょっとご紹介しておきます。

 

 その1 飲んだ時にその上司(既婚男性)に「本当にいい男だよ。そう思うだろ」と頷いたらその場でライバル?と思ってしまうくらいに何度も熱心に言われていました。

 

 その2 話のネタにいろいろな写真を持ち歩いているのですが、趣味の格好をしている写真は年齢・経歴・家族構成などを一切知らなければ十歳以上は確実に若く見えます。ちなみに私とほぼ同年代のお子様がいます。

 

 その3 俳優のようだと言う方もいるようです。

 

 最近、飲む機会がありました。その時に「ぶつかっていくことが大切」と何度もおっしゃっていました。

実際にこの方は自分から歩み寄っていく方です。この方の凄いところは誰にでもそうだというところです。

その場では同席されたトップを誉めていたのでゴマすりっぽくなってしまいました。でも、これまでの傾向から考えて、偉い方だからというより、その場にいたうちの部署で一番新しい方からだと思います。新しく入ってきた方の宣伝をして、周囲に馴染ませようとするように見受けられるので。

そういうところからも何となく根から人懐っこいというより、努力の方ではないかと感じます。天然の方は逆にここまで気配りできないような気がするんですけど。

 

 痛かったですねぇ。どうしても過去を振り返ってしまい、新しいものに慣れないので。

 今年度に入って、思いっきり人が入れ替わりました。転勤以来、何かとお世話になっていた方が転勤してしまい、さらに部署のトップが変わりました。

現在の方は人当たりがよくて温厚な方です。ただ、前のトップが個人的に共感を呼ぶ方だったんですよね。(何というか非常に正直な方で)

接するのはせいぜい御茶を入れたり、来客の取次ぎをしたり程度です。逆にその程度しか縁がないから余計に「何となく」が左右します。

 

 現在を大切にしましょう。昔と比べるのはやめましょう。

頭ではわかっているのですが、気を抜くとついつい口にしてしまいます。もちろん前も辛いこともや嫌なこともありました。でも、慣れというものがあるからやっぱり楽なんですよね。馴染むのにかなりの時間を必要とするので。

転勤前のこともそうですね。客観的に見ると今のほうがはるかに環境がいいです。でも、散々ぶつかったり、悩んだり、落ち込んだりして、それなりに馴染んできたような気がしただけに喪失感が強いというんでしょうか。転勤が決まったことでこれまで少しづつ仲良くなってきた方々と距離ができたように感じたので余計に。

 

 そういう態度が余計に溝をつくったとわかっています。いわゆるエリートコースで誇りにしている方が多いですから。それを否定しているようなものですしね。

 でも、言い訳させていただくと、事務屋にとっては違います。私は庶務畑が長いけど、本当は庶務を希望していません。本来は競争意識が高くて、成果を求める人間です。それでもやる気になるのは個人として気に入った方々にはできる限りのことをしたいと思うからです。

だから、部外者扱いされると、別に来たくて来たわけじゃないと本音が出ます。逆恨みだとわかっているのですが、それまで苦労して手に入れた環境を失ってしまったという気持ちがあります。

様々な価値観があるということをわかってほしいと思います。

 

転勤してしまった方はそういう私にさりげなく手を差し伸べてくれた方です。本当は快く思っていなかったかもしれません。よく厭味も言いましたし、いじわるなこともしました。でも、面倒見がやたらいいというか、困っている人間を放っておけない性質のようです。

最初に書いた方と非常に近いと思います。上に書いた方がストレートに誉め言葉を口にするのにたいして、この方は毒舌・冗談・軽口にしないと口にできない方のようですが。

そのため初対面ではすっごい嫌なヤツなんじゃないかと思いました。その辺が「師匠」と呼ばせていただきたい理由なんですが。

 

 この方に限らず、不器用な方が多いような気がします。

 

 このところ気がふさいでいて、かなり投げやりな発言をしました。その翌日、席を外して戻ってきたら、上司がこの転勤してきた方から電話があると言いました。

変だなあと思いました。この方、私を名指しで電話する方じゃないんですよね。しかも上の方に距離を置く方で、上司の席に直接電話するタイプじゃないです。とりあえず出たところ、夏休みを取ったなどの世間話。ますます怪しい。実は仕事だと言って、仕事の話をしたのですが、現在は庶務畑ではありません。庶務畑が長いということで頼られることも多いようですが。しかもその内容を私に教えたのはこの方です。

あくまで仕事の話でかけたと強調していたのでこちらもそういうことにしておきました。でも、多分、上司たちがかけて、元気付けてやってくれとお願いしたんだろうなと思います。

 何か行き詰まると「帰ってきて~」とついつい口にしていましたから。

 苦手なことさせてしまってすみません。でも、元気になりました。ただ、何だか涙腺が緩みっぱなしですけど。

 

 このストレートでない優しさが「らしいなぁ」と思います。その人となりを知らなかったら単なる仕事の電話で終わります。ついでにあくまでカモフラージュする気なら庶務席でかけたほうがいいのですが。(笑)

 

 けっして「いい人」たちではありません。口が悪いし、厭味も言うし、ライバル意識も強いし、いじわるもするし。でも、実は「お人よし」という方が多いような気がします。その優しさは後でもしかしてと思うくらいに微妙なんですが。冒頭に書いた方のようにストレートに優しさを示せる方はほとんどいないかもしれません。

 その不器用さで、絶対に損していると思います。

 

実は希望していたところに落ちて、入りました。だから、本来やりたいことではないですし、何かというと愚痴が出ます。でも、こういう方々がたくさんいるから好きです。自分では平気で悪口を言うけど、人に言われるとむかっとします。

 自分に合う仕事って、多分、仕事の内容だけじゃないんですね。

歩み寄る心

コラムを書くようになってから、普段の生活でも気付くと何かネタにならないかと考えている自分がいます。「はじめ~る♪」に投稿しているエッセイもそうですが、ここに載せているエッセイの根底のテーマは「人と人との交流」が多いです。私の中で最大の課題なので。

 

物心ついた頃から人と付き合うのが苦手でした。

でも、就職する前は「勉強」というものに逃げられました。いわゆる「学歴社会」というものがそれを正当化する材料を与えてくれました。私は世間的に有名大学と言われる大学を卒業しています。学歴を手にしようとすればよほど才覚に恵まれている人間でなければ、時間と労力が必要です。一般的に遊ぶと言われている大学時代も就職に有利なようにいい成績をとると理由をつけてきちんと授業に出ていました。

 

学歴社会の弊害についてよく言われています。特に職業についてはそれが表れやすいです。学歴社会は壊れたと言われますが、まだまだ就職する時点で学歴によって選択肢が限定されるというのが現実です。(女としては性別の壁のほうが厚いような気もしますが)

 

学歴で人間が決まるわけではないとよく言われます。学歴が人間性を広げるのにふさわしい、心の柔軟な時期の時間を奪っているというやつですね。そのとおりだと思います。少なくとも私のように「人と人との交流」という課題から逃げる材料にしてきた人間には心に突き刺さるものがあります。

ただ、何であれ努力してきたということは事実なのではないでしょうか。個人的には「努力する姿勢」が目に見えやすいから、学歴というものが使われるのではないかと思います。一人一人の人生を掘り起こして評価するのは難しいですから。

 

就職してからさすがに「人と人との交流」から逃げられなくなりました。はっきり言って壁だらけで、迷って悩みつづけ、落ち込む毎日です。

その一方で「人と人との交流」のよさもわかってきました。

 

よく社会人は甘くないと言われます。学生時代の甘えは通用しない。これまで好き嫌いで決められたけど、そういうわけにいかないというやつですね。

確かにシビアです。でも、それだけに優しい部分もあります。学生時代は変わっているで終わってしまうことが多かったです。でも、そういう私でも試行錯誤できるし、何気なく手を差し伸べてくれる方々がいます。少なくとも私の職場はそういう方々と出会うことが多いです。

体質が古いだの、いろいろ嫌な部分もあります。就職してすぐに辞めちゃおうかなと思いましたし、今も何かと思います。でも、そういう優しさがあるから離れられません。

 

このテーマで書こうと思ってから、凄く悩みました。「努力する人々」でちょこっと書いた方をメインに書こうと思ったのですが、実はかなり顔が広い方なんですよね。地位もある方なので人前で話すことも多いし、これからも増えるだろうと思われます。もしかしてはるって○○なんじゃと広くわかってしまうかなぁと。それは気まずい。

 

現実社会で、特に職場関係者でこのホームページについては基本的には話題にしていません。ホームページつくったばかりのころ、遠くに転勤した方に連絡することがあってついつい追伸で書いてしまいました。その方がどうも話しているようですが、直接的に言われないのでみんな知らないということにしておきます。コラムが書きにくくなるから。(しょっちゅう愚痴を言いまくっていますが、一応は強気に生きているつもりなので恥ずかしいものがあります)

 

闇を抱えて

こういうマニュアル系のコラムを書いている私が「良心的で、公正明大な人間か」というとけっしてそうではありません。むしろわがままで、ずるくて、いじわるで、偏見だらけの人間です。

自分が得することしかしたくないですし、楽できるなら楽したいです。人が得しているのを見るとむかつくし、自分に都合が悪い人にたいしては粗探しをします。

よくマイペースと言われるけど、本当は不満も多いし、妬みもたくさんあります。

 

でも、実際に言動するときには、良心的・道徳的と言われることが多いです。けっして禁欲的なのではなく、そのほうが総合的にみると得だと思うからです。

確かに部分部分では損をしているなぁと思うことも多いです。そういうことばかり続くと損ばかりしているようで馬鹿馬鹿しくなることもあります。でも、大きくは損をしていないような気がします。

 

「いいことをしていれば誰かが見ていてくれる。悪いことをすればいつか自分の身に降りかかってくる」

そんな言葉を全面的に信じきれるほど、心がキレイではありません。いいことをしても報われないときは報われないです。身勝手に生きていてもそのまま通用しているように見受けられる方が結構いるのも知っています。

 

ただ、いいことをしていたほうが受け入れられるチャンスが増えるし、悪いことや身勝手なことをしていると良心的に振る舞うよりも自分の破滅を招く可能性が高くなるのも事実です。

安全性を重視する人間としてはローリスクローリターンを選択しようかなというところです。

 

そういう計算ができるのは自分の中の闇を知っていて、その存在を認めているからです。ずるいことをしたいなという気持ちを受け入れた上で検討して、それは損だからやめようと思います。

 

「良心的で、公正明大な人間である」ことが前提になっている方々はしばしば心の闇の存在自体を否定しようとします。そういうことはあってはならないというわけです。

 

でも、汚い部分がまったくない人間はいません。心の闇に気がつかなければセーブすることは難しいと思います。汚い部分に気づかないとセーブすることなく表に出してしまうこともあります。

 

闇を認めなければ、自分の汚い部分を否定するたびに自分を嫌うようになり、いつか壊れてしまう可能性があります。タガが外れた分、これまで抑えていた汚い部分が暴走しかねません。心の底に良心が残っていても、嫌っている「自分」が判断することを受け入れられるでしょうか。難しいですね。嫌いなものは否定したくなるはずので。

 

 立場上、「良心的で、公正明大な人間である」ことを要求される方々へ。

自分の中の闇を否定しないで、きちんとみつめてください。汚い部分もキレイな部分もある同じ人間として、汚い部分を抑える努力をする姿を見せてください。「聖人君子」に諭されてもあんたとは違うと反発したくなりますが、同じように努力する方の言葉は共感します。

 

周囲の方々へ。

どうか彼らもまた人間であることを否定しないでください。汚い部分を抑えて、「良心的で、公正明大」に言動しようと努力していることを忘れないでください。

時に抑えきれなくて、醜い部分を表すこともあるかもしれません。そのことを許せとは言いません。でも、彼らも同じ人間として苦しんでいることをわかってあげてください。

 

心の闇を抑える気がない方々へ。

みんな、自分が嫌な思いをしたり、損をするのは嫌です。そうさせた人間に恨みをもちます。いつか何らかの形で仕返しをしたいと思うはずです。

それに打ち勝つ自信があるかもしれません。でも、自分以上に知恵が回る人間がいるはずです。一生出会わなくて済むかもしれませんが、まったく出会わなくて済むとは言い切れません。

 

ちなみに私は相談窓口に片っ端から相談しまくるくらいは常識だよねと思っています。

 

警察庁ホームページ

 http://www.npa.go.jp/  

  ハイテク犯罪の項目のリンクで全国のハイテク被害相談ホームページにたどり着けます。

 

 警視庁ホームページ

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/ 

 各種相談窓口のページがあります。

どこにでもいる誰か

こういうモラリストな(と言われた)ホームページをつくっている人間がどういう生活をしているかというと、ごくありふれた生活を送っています。

 

朝は目覚ましが鳴ってもなかなか起きようとしません。

景気付けにパソコンの電源を入れてメールを受信。キーボードとマウスを動かさなきゃいけないので起きられます。着替えたりしているうちに受信完了。何かしら届きます。メルマガをいっぱいとっていますしね。

でも、その時点ではかなり時間がたっていて、結局、駅までダッシュしています。毎朝、もっと余裕をもってと思いつつ、絶対に起きません。

 

昼間はダイエットしなくてはと思いつつ、お土産のお菓子の誘惑に負けて食べてしまいます。就職するまでこんな上等なもん、めったに食べたことないですし。(菓子折りって普通は自宅に買わないと思う)

たちが悪いことにお土産がないときは自分で買っています。就職してから随分、太ったなぁ。お金が自由になるって嬉しいけど、食欲がセーブできません。

 

時計を見ながら昼は何食べようかと考えます。たいてい食堂ですが。イマイチ。飽きたという声もしばしば聞きますが、私、何食べてもおいしいんですよね。食べ物がまずいと思ったの、生まれてから片手で余るくらいですし。

昼ご飯が終わると今日の楽しみは終わったなというカンジです。おやつの差し入れがあるときもあるけど食事ほどの盛り上がりが・・。

こう書くと食べ物のことしか考えていないようですが、仕事もやっています。念のため。

 

帰りはたいてい乗換駅でぷらぷら寄り道しています。たいてい本屋に寄ります。

趣味と聞かれてとりあえず答えるのが読書です。漫画とジュニア小説が好きなつもりですが、実際に読んでいる本を挙げるとジャンルは節操なし。その場で目に付いたものを手当たり次第というかんじです。

さらにアイスやクレープ・ファーストフードの誘惑に負けたり、スーパーやコンビニによってスナック菓子を買って家に帰ります。

でも、家に帰ると食事するんで食べないんですね。スナック菓子。どんどん溜まっていくけど、休みの日に一気に減ります。チョコレートの類いは翌日の仕事中のおやつに。

 

テレビ見たり、風呂に入ったりしたあとにパソコンの電源を入れます。いつもメール受信だけとで寝ようと思いつつ、ついつい返事書いていたりして、寝不足の日々。返事が必要なメールがこないと眠れると思いつつ、寂しくてお気に入りサイトを覗きます。月末は体力がないのメール受信だけで終わることが多いです。

 

 休みの日は暇だととりあえずネットにつなぎます。本格的にネットサーフィンするのは休みの日です。溜まっていたメールを書いて、気が向くと掲示板に行きます。

あんまりパソコンばかりに向かっているのもと散歩に行き、糸が切れた風船のようにふらふらとして、帰ってきて疲れたと昼寝して。

あまりに昼寝しすぎて、散歩に出るのはちょいためらう時間に目がさえると投稿原稿を書きます。気が向いた時に投稿というはこれです。

 

メルマガ掲載だけ見るとコンスタントに投稿しているように見えますが、書く週はまとめて一気に送ったり、書かないときは全然だったりします。投稿歴は浅いんですが。

だから、自分ではメルマガを出せません。自分が取るときに不定期発行はためらいますもんね。発行されないことが多いので。コンスタントにきちんきちんとメルマガをだしているオーナーは偉いなぁと思います。(番外編以外はメルマガへの投稿の再録です)

 

こういうどこにでもいる人間が何気なくコラムを発表できるから面白いですね。ネットは。もしかしてあなたがいつも何気なく話している誰かかもしれません。

努力する人々

飲み会というものが苦手でした。私は仕事など用事があれば話せるのですが、これという目的のない会話というものが非常に苦手です。普段は無理やりにでも目的をつくってしまうのですが、飲み会は話をすること自体が目的というカンジですしね。

 

「飲み会というものが非常に苦手で」

就職した頃、飲み会に参加した後に仕事で職場に残っていた上司に「どうだった?」と聞かれて言ったことがあります。みんな、話し上手というのでしょうか。うまく溶け込めない自分に気づかってくれているのがわかり、なおさら所在のなさを感じたもので。

すると上司は言いました。

「馬鹿野郎。みんなそうなんだよ」

 

何だか安心しました。人当たりがよく、輪に溶け込んでいるように見えた上司の方でさえ本当は所在のなさを感じているのかもしれないのですから。

それ以来、とりあえず少しづつでも参加して時間をつぶしてみることからはじめようと思いました。実質上、全員参加のものだけですけど。全員参加ならいなくちゃいけないんだからしょうがないでしょと言い訳できますし。

と言いつつ所在のなさは拭えずに、とりあえず空いた皿を片付けてみる、ビンを片付けてみる。なくなりそうなら注文してみるなど、目的をつくってみました。

 

はたから見たら「飲み会でまでそんなに気を使わなくても」らしく、そう言われるのですが、話すのが苦手な人間には所在のなさを紛らすものが必要です。

話ができなくても、最後まで参加したという事実は残り、その積み重ねが自信につながっていきます。私もちょっとづつですが、楽しめるようになっていきました。

←個人的には「気配りの人」と言われる人間にはそういうタイプが多いような気がします。そういうタイプでなくても、その場では何らかの事情で(自分が一番目下とか)ちょっと所在のなさを感じていたり。あまり繰り返し、「気を使わないでいいよ。しなくていいよ」と言わないようにしてください。

 

経験を積むにつれて少しづつですが、周りを見る余裕ができてきました。みんな、一見何気ないような顔して、努力しているなぁと思います。

いつ話せと言われてもいいように人が集まる席に出るときは真面目な話とくだけた話を用意しているという方。「人好きがするけど、実はやり手」と言われています。

写真などを持ち歩く方も多いです。昔の写真から昔話に展開する方、家族の写真から家族の話に展開する方。

大判の奥さんの写真をパウチッコして持ってくる方もいましたね。私が話のネタにあちこちで「奥さん、美人」と言い歩いたので聞かれまくったせいもありますが。(本当に美人です)

とその場にいる方々がみんな知っている方のネタをいくつか用意するのも話をしやすくなります。趣味などがまったく違っても、ちょっとでも知る話なら受け答えできますし。ゴシップ週刊誌がなんだかんだ言っても人気あるわけです。その方がその場にいれば話を振ってしまえる効果も。・・お世話になっています。

 

こういう話をするともっと力を抜いて気楽に話せばいいのに。とよく言われます。でも、世の中それができなくて悩んでいる人間も結構います。個人的にはそういう風に思う方は一種の天才だと思います。

コンプレックスすらも話のネタにしているあたりが本当に人見知りするのかというカンジですね。開き直ってから変わったと言われます。利用できるものは利用するしたたかさが道を切り開いてくれます。ホント。

 

対人関係で悩んでいる方、とりあえず足掻いてみませんか。意外と似たような人が多いものですよ。